ヨシュア記 3:1-17, ヨシュア記 4:1-24, ヨシュア記 5:1-12 JCB

ヨシュア記 3:1-17

3

ヨルダン川を渡る

翌朝早く、ヨシュアに率いられたイスラエル人は、シティムを出発し、夕方にはヨルダン川の岸に着きました。川を渡る前に、そこに幾日かとどまりました。 三日目に、指導者たちは野営地を巡って、人々に次のような命令を伝えました。「主の契約の箱(十戒を記した石板が納めてある)をかついでいる祭司たちの姿が見えたら、あとに従いなさい。これから行く所は見知らぬ地だから、祭司が先導するのです。ただし、箱との間は、二千キュビト(約九百メートル)の距離を保ちなさい。それより近づいてはなりません。」

それから、ヨシュアは人々に、それぞれ身をきよめるように命じ、「明日、主が偉大な奇跡を行われるから」と言いました。 翌朝、ヨシュアは祭司たちに命じました。「契約の箱をかつぎ、先頭に立って川を渡りなさい。」言われたとおり、祭司たちは出発しました。

主はヨシュアに、「今日、あなたに大きな栄誉を授けよう。わたしがモーセとともにいたように、あなたとともにいることを、イスラエルの人々に知らせるためだ。 契約の箱をかつぐ祭司たちには、水ぎわに来たら水の中に立つよう命じなさい」と告げました。 ヨシュアは人々を召集し、語りました。「さあ、よく聞きなさい。主のことばを告げよう。 生ける神があなたがたのうちにおられ、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人など、やがて占領する地の全住民を必ず追い払ってくださることが、今日、はっきりわかるだろう。 いいですか。全地の支配者である主の契約の箱が、先頭に立って、ヨルダン川を渡ろうとしている。 今、各部族から一人ずつ、十二人を選びなさい。 箱をかつぐ祭司たちの足が川に入った瞬間、流れはせき止められるだろう。まるで見えない壁にはばまれたように、水は盛り上がるはずだ。」

ちょうど刈り入れの季節を迎えたヨルダン川は、岸いっぱいに水をたたえていました。イスラエルの民が川を渡ろうと出発し、箱をかつぐ祭司たちが足を入れた時、 突然、はるか川上のツァレタン付近の町アダムで水はせき止められ、盛り上がり始めたのです。また、その地点より川下の水は塩の海(死海)に流れ込み、ついに川床がむき出しになりました。こうして人々はみな、エリコの町に向かって渡ったのです。 箱をかつぐ祭司たちは、川の真ん中の乾いた地面に立ち、全員が渡り終えるまで待っていました。

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ヨシュア記 4:1-24

4

十二の石の記念碑

人々が無事に渡り終えた時、主はヨシュアに語りました。 「各部族から一人ずつ選ばれた十二人に命じて、ヨルダン川の真ん中の、祭司が立っている所から、一つずつ石を拾わせなさい。その十二の石を集めて、今夜野営する地に記念碑として積み上げなさい。」

ヨシュアは十二人を呼び出し、 こう命じました。「あの契約の箱のある川の真ん中に行き、一つずつ石を肩にかついで来なさい。それぞれ一つずつ、全部で十二だ。それらは十二部族を象徴する。 その十二の石で記念碑を建てよう。そうすれば、将来、子どもたちに『これは何の記念碑ですか』と尋ねられて、 『ヨルダン川を主の箱が渡った時、水がせき止められたことを忘れないための碑だよ』と話して聞かせることができる。この記念碑は、偉大な奇跡をイスラエル人が永久に忘れないためのものだ。」

十二人はヨシュアの命令に従い、川の真ん中から十二の石を拾いました。主がヨシュアに命じたとおりに、彼らはそれらの石を野営地まで運び、記念碑を建てました。 ヨシュアはまた、川の真ん中の祭司たちが立っていた場所にも、十二の石で記念碑を築きました。それは今もそこに建っています。 箱をかついでいた祭司たちは、モーセからヨシュアに与えられた主の命令がことごとく成し遂げられるまで、川の真ん中に立ち続けていました。その間に、人々は急いで川を渡ったのです。 全員が渡り終えると、みなの見守る中で、箱をかついだ祭司たちが、川から上がって先頭に立ちました。 武装したルベン族とガド族、それにマナセの半部族からなる四万人の軍勢は一隊となり、主のために戦う他部族の先頭に立って、エリコの平原を目指して進みました。 その日は、ヨシュアにとって生涯忘れることのできない日となりました。主はイスラエル人全員の目の前で、ヨシュアに大きな栄誉を与えたのです。人々は、モーセを敬ったと同じようにヨシュアを心から敬いました。 ヨシュアこそが主の命を受けて、契約の箱をかつぐ祭司たちに命令を下した人だったからです。

「川から上がりなさい」と祭司たちに命じるよう、主はヨシュアを促しました。 ヨシュアがそのとおりに命じ、 祭司たちが川から上がると、たちまち水は元どおりに流れ込み、岸いっぱいにあふれました。

この奇跡が起こったのは第一の月の十日(太陽暦の三月二十四日)のことです。この日、全イスラエルはヨルダン川を渡り、エリコの町の東方にあるギルガルに宿営しました。 このギルガルに、ヨルダン川から運んだ十二の石を積み上げ、記念碑を建てました。 その時ヨシュアは、その意味について説明しました。「いつの日か、子どもたちが、『なぜここに、こんな石が置いてあるのですか。これはどういう意味ですか』と尋ねる時がくるだろう。 その時には、この十二の石は、イスラエル人がヨルダン川の乾いた土の上を渡ったのだと教えてやりなさい。 さらに、その時どのようにして主が、われわれの目の前で川の水をからし、全員が渡り終えるまで乾いたままにしておかれたかを教えなさい。それはまさに、四十年前の紅海での出来事と同じである。 主がこうなさったのは、全世界の国民が、イスラエルの神である主こそ力ある唯一の神であると悟り、さらにあなたがたがみな、この主をいつも礼拝するようになるためなのだ。」

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ヨシュア記 5:1-12

5

割礼の儀式

ヨルダン川の西側の諸国民、エモリ人および地中海沿岸に住むカナン人の王はみな、主がヨルダン川の水をからし、イスラエル人が川を渡って来たと聞いて、すっかり意気阻喪し、恐怖におののきました。

その時、主はヨシュアに、「日を定めて、イスラエルの男子全員に割礼(男子が生まれて八日目にその性器の包皮を切り取る儀式)を施しなさい」と命じました。この儀式が行われたのは、イスラエルの歴史上、二度目のことです。主は、このために火打ち石でナイフを作るよう指示しました。この時の場所は「包皮の丘」と呼ばれています。

二度目の割礼の儀式を行った理由はこうです。イスラエルがエジプトを出た時、兵役に就く年齢の男子は、すべて割礼を受けていました。しかしその世代の人々はみな、荒野を旅する間に死んでしまい、その後に生まれた子どもたちは、だれ一人割礼を受けていなかったのです。 イスラエルの民は四十年荒野をさまよい歩き、エジプトを出た時に兵役に就く年齢にあった男子は、ついに死に絶えました。彼らが主に従わなかったので、約束されていた乳とみつの流れる地に入らせないと主は誓ったのです。 ですから今、ヨシュアは彼らに代わって息子たちに割礼を施したのです。

主はヨシュアに語りました。「今日わたしは、割礼を受けていないという恥をあなたがたから取り除いた。」それで、この出来事のあった場所はギルガル〔「終わらせる」の意〕と呼ばれ、現在でもそう呼ばれています。割礼を終えたのちも、彼らは傷が治るまで宿営にとどまっていました。

エリコの平原にあるギルガルに滞在中も、イスラエル人は第一の月の十四日の夕方になると、過越の祭りを祝いました。 そして翌日、自分たちの占領下にある畑から収穫した産物、パン種を入れないパンと炒り麦を食べました。すると、次の日からマナは降らなくなり、二度とマナを見ることはありませんでした。それ以来、人々はカナンの地の産物を食べるようになったのです。

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