哀歌 2:7-22

主はご自分の祭壇から顔を背けました。
形ばかりの礼拝に失望したからです。
主は宮殿を敵の手に渡しました。
彼らは、例祭の日にイスラエル人がしたように、
神殿で飲み騒ぎました。
主はエルサレムを滅ぼそうと決め、
「破壊」という物差しでこの都を測ったのです。
それで、とりでも城壁も音を立ててくずれました。
エルサレムの門はもう役に立ちません。
主の手にかかって、錠もかんぬきも壊されたからです。
王も首長も奴隷となり、引かれて行きました。
そこには神殿もなく、
生活の指針となる律法もなく、
預言者の幻もありません。
エルサレムの長老たちは、荒布をまとって地に座り、
黙り込んでいます。
彼らは悲しみ、失望して、頭にちりをかぶります。
おとめたちも、恥ずかしがって頭を垂れます。

私は涙のかれるまで泣きました。
同胞の身に起こったことを見て、
悲しみのあまり胸が張り裂け、
身を切られる思いでした。
幼い子どもや、生まれたばかりの赤ん坊が、
道ばたで衰弱し、息絶えていくのです。
子どもたちは「何か食べたい」と訴えるように、
乳の出ない母の胸に顔を埋めます。
小さないのちは、
戦場で傷ついた兵士のように消えていきます。
今までこんな悲惨なことがあったでしょうか。
エルサレムよ。
あなたの苦悩を何にたとえたらよいでしょう。
どのようにして慰めたらよいのでしょう。
その傷は海よりも深く、だれにもいやせません。
預言者たちは、多くのまやかしを預言しました。
あなたの罪を指摘して、
何とかしてあなたが奴隷にならないようにしようと、
努力することもありませんでした。
うそを並べ立て、
万事うまくいくと言ったのです。
道行く人たちはみな、あざけって頭を振り、
「これが『世界で最も美しい都』とも、
『全地の喜び』とも呼ばれていた町なのか」
とさげすみます。
敵はあなたをあざ笑い、
ののしって言います。
「とうとう、この都を滅ぼしたぞ。
待ちに待った時がついにきた。
この目で、都が倒れるのを見た。」
しかし、このようにしたのは主です。
主は、警告どおりのことをしたのです。
ずっと前から決めていた
エルサレムを破壊するという約束を実現させたのです。
容赦なくエルサレムを滅ぼし、
敵がこの町のことで喜び、
自分たちの力を自慢するように仕向けたのです。
その時、人々は主の前で泣きました。
エルサレムの城壁よ、昼も夜も、
存分に泣きなさい。
涙が川となって落ちるまでに。
夜を徹して、神に叫びなさい。
主に向かって両手を上げ、
心を水のように注ぎ出しなさい。
飢えて道にしゃがみ込んでいる子どもたちのために、
ひたすら祈りなさい。
主よ、思い直してください。
このような仕打ちをしている相手は、
神の民ではありませんか。
母親が、ひざの上であやしたわが子を
食べていいのでしょうか。
祭司や預言者が、神殿で殺されてよいのでしょうか。
老人も幼い者も、男も女も、
敵の剣にかかって路上に倒れています。
主よ。あなたが怒って無慈悲に殺したのです。
あなたが、この恐ろしい破壊を招き寄せたのです。
あなたの怒りの日、逃げ延びた者や生き残った者は、
一人もいません。
幼い子どもたちはみな敵の手に落ち、
冷たくなって路上に横たわっています。

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哀歌 3:1-39

神の恵みはただ一つの望み

私は、神の激しい怒りのむちが振り下ろされるのを、
この目で見ました。
主は暗闇の底に私を連れて行き、
いっさいの明かりを吹き消しました。
私に襲いかかる主の御手は、
昼も夜も重くのしかかっています。
私は憔悴しきって、すっかり老け込んでしまいました。
主は私の前にとりでを築き、
苦しみと悩みで私を取り囲みました。
私を、ずっと前に死んだ者のように、
暗がりに埋めました。
主が私を閉じ込めたので、
どんなにもがいても逃げられません。
主は私を重い鎖でつなぎました。
私がどんなに声を張り上げても、
主は祈りを聞こうとされません。
私は、高い崖が周囲にそそり立つ所に閉じ込められ、
どんなに急いでも、道を先へ進めません。
主は熊やライオンのように、
私に襲いかかろうと待ち伏せています。
主は私をやぶに引きずり込み、
前足でずたずたに引き裂いて、置き去りにしました。
主は弓を引きしぼり、私にねらいをつけました。
その矢は、私の心臓に突き刺さりました。
同胞は私を笑い者にし、
一日中、下品な歌であざけります。
主は私に悲しみの杯を飲ませたので、
口の中が苦くなりました。
小石を食べさせられ、歯が折れました。
主は、私が灰とちりの中を転げ回るようにしました。
主よ、平和も繁栄も、ずっと前に姿を消しました。
あなたが取り去ったからです。
私は、楽しみとはどんなことか、すっかり忘れ、
夢も希望もなくなりました。
もう気力さえ残っていません。
主が私を置き去りにしたからです。
どうか、私に突きつけた苦い杯と苦しみとを
思い出してください。
私は身のすくむような恐ろしい年月を、
忘れようにも忘れられません。
私のたましいは屈辱に沈んだままなのです。

それでもなお、一つの望みが残っています。
主の恵みは決してなくなることがない、
ということです。
私たちが滅亡しなかったのは、
主の恵みによります。
神の真実は限りなく、
その恵みは朝ごとに新しくなります。
主こそ私の受ける分で、私は主に望みを置きます。
主は、ご自分を待ち望む者、ご自分を求める者を
いつくしみます。
主の救いだけに望みを置いて、
静かに待つのは良いことです。
若い時にきびしく訓練されるのは良いことです。
その人は主から命令があったとき、
黙ってそれを受け止め、
下を向きますが、
ついには希望を見いだすようになります。
自分を打つ者にもう一方の頬を向け、
ひどい侮辱を受けなさい。
主がいつまでも見捨てておくはずがないからです。
たとえ、彼に悩みを与える場合でも、
主は恵み深いお方ですから、
忘れずにあわれみをかけてくれます。
主は意味もなく人を苦しませ、
悲しませたりはしません。

しかし、あなたは身分の低い者を踏みつけ、
神に与えられた彼らの権利を奪い、
公平に扱いませんでした。
だから今、主がつらく当たるのは当然のことです。
主の許しがなければ、だれもあなたに、
あれほどひどい仕打ちをするはずがありません。
ある人を助け、ほかの人に災いを下すのは主です。
どうしてただの人間にすぎない私たちは、
自分の罪のために罰を受けたからといって、
つぶやいたり、不平を言ったりするのでしょう。

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